【中編】噛み合わせ次第でパフォーマンスが変わる?──咬合と筋力の意外な関係
目次
スポーツの「パフォーマンス」は、噛み合わせに左右される?
「スポーツで結果を出したい」「もっと強くなりたい」
そう思って、フォームや筋トレ、栄養にこだわる方は多いと思います。
でも――噛み合わせまで気にしたことはありますか?
実は、「どんな風に噛んでいるか」が、ジャンプ力や筋力、集中力に影響するということが、近年の研究でわかってきています。
わずか数%の差かもしれませんが、その差が勝負を分けるのがアスリートの世界。
「【前編】スポーツで顎が疲れる…」では、スポーツが起こしうる顎の問題についてお話をしました。
今回は、「噛み合わせ」と「筋力」の意外な関係に迫ります。

咬むだけで筋力がアップ?驚きの研究結果
股関節の筋力が6.5%もアップ
筑波大学らによる研究では、大学生を対象に咬合(噛み合わせ)の状態を変えながら、股関節の伸展筋力を測定しました。
その結果、正しく噛み合わせた状態(マウスピース使用)で、約6.5%も筋力がアップすることがわかりました。これは、「噛むことで中枢神経系が活性化し、筋出力が高まる」と解釈されています。
手の力・肩の力も上がる
さらに別の研究では、以下のような結果も出ています
- 手握力:噛んでいるときに約7.5%アップ
- 肩の内旋筋力:約9%アップ
つまり、咬合を安定させるだけで、全身の筋力が底上げされる可能性があるということです。
「ただ噛めば噛むほど良い」ではない理由
「歯を食いしばれ!」と言われた経験はありませんか?
とらえ方に寄っては少々昭和的な表現になるのかもしれませんが、実際、運動時に食いしばる動作を加える事で運動パフォーマンスが上がる事は先述した通りです。
でも――噛めば噛むほど良いというわけでもありません。

筋肉は“力みすぎ”に弱い
筋肉は、過剰な緊張状態ではうまく力が出せません。
たとえば、歯を強く食いしばった状態では、
- 日本人成人男性の顎の筋肉群は約680–690 N(約70kgf)の力が出せるとされている。
- 長時間の食いしばりで筋疲労が蓄積し、頭痛や顎のだるさを引き起こす
- 首や肩周りの筋肉にも連動して過緊張が波及する。
この結果、フォームが崩れたり、体幹が不安定になるのです。
実際に筋出力が低下した例も
最大筋力の50%を5分間維持すると筋の酸素飽和度は急激に低下するというデータが出ています。これは、筋肉は持続的な力の発揮が苦手で、長時間の負荷は運動パフォーマンスをどんどん下げてしまう事を表しています。
さらに怖いのは“蓄積する筋疲労”
短距離走やウエイトトレーニングなど、高強度の瞬発系スポーツでは、無意識の食いしばりが特に起こりやすいですが、これを何年も積み重ねることで顎関節症のリスクが大きく上昇する事は前編でもお話しました。
重要なのは「安定した咬合」
ポイントは、「力を入れたときに、顎がぶれずに安定していること」。
咬み合わせの不良が見られる被験者グループは、正常な咬み合わせのグループに比べて脚の筋力が約5〜7%低下していたというデータや、立位・片足姿勢ちの際に重心のブレが大きいというデータが出ています。つまり歯を「正しく」噛んでいなければ、本来出せるはずの力すら出しきれない可能性があるということです。
また、下顎の位置が変化すると、頭部の重心位置がずれるため、首や肩、骨盤に連鎖的な歪みが生じるとされています。

マウスピースで“正しい噛みしめ”をサポート
近年、プロアスリートの中には、「競技用マウスピース」を導入する人が増えています。
これは歯や顎を負荷から守ると共に、顎の位置を適切に保ち、力を効率的に出せる状態にするためのブーストツールになります。
たとえば、テニスのミロシュ・ラオニッチ選手は、「マウスピースをつけると頭痛が減り、集中力が高まる」と語っています。
顎の位置はパフォーマンスに影響を与える
顎の位置を正しく補正するスプリント(マウスピース)使用により、スクワットジャンプやカウンタームーブメントジャンプ、ドロップジャンプ、脚力、トルク発揮速度などで、3〜12%パフォーマンス向上が報告されました。
また、顎の位置の違いによる運動持続性の変化を調べたところ、被験者はトレッドミルを用いたランニングテストにて、スプリントを装着した状態では非装着時よりも平均で約123m長く走行でき、足底圧分布の変化により、「安定した接地・重心移動」が確認されました。
以上のように、顎を正しい位置に持っていく事で複数のメリットが期待できます。
1%の違いが勝敗を分ける世界だから
「たかが咬み合わせ」と思うかもしれません。
ですが筋力が5〜9%上がるなら、それは「1回のジャンプが数センチ変わる」「タイムが数秒短くなる」レベルかもしれません。それがシュート成功率やラスト1レップの踏ん張りに影響するとしたら
――無視できませんよね。
筋トレやスポーツの成果を高めたい、そんな一流を目指す方こそ「顎の状態」や「咬み合わせ」にも目を向けてみるべきです。

まとめ:“噛む力”はあなたの武器になる
- 咬合を整えることで、筋力が10%近く向上することがある
- 正しい噛みしめは、怪我の予防や集中力の維持にもつながる
- 食いしばりの悪影響を防ぎながら、パフォーマンスを引き出すには、咬合分析とマウスピースの活用がカギ
次回(後編)は、実際にどんな対策や改善方法があるのかを詳しくご紹介していきます。
- 主な参考文献・データ出典
- Effects of occlusal splints on shoulder strength and activation
- Influence of Vertical Dimension of Occlusion on Peak Force During Handgrip Tests in Athletes
- Is There a Correlation between Dental Occlusion, Postural Stability and Selected Gait Parameters in Adults?
- Muscle blood flow during isometric activity and its relation to muscle fatigue
- Game, Set, Match: Milos Raonic Says a Mouthguard Helps Him Win
- 全身運動時のクレンチングの発現頻度に関する研究
- 下顎位の水平的な差異と前腕屈曲筋力
- 咬合接触状態が安定域と重心動揺に及ぼす影響
- 成人男性における咬筋の筋断面積と咬合力に関する研究
- The Influence of Dental Occlusion on Dynamic Balance and Muscular Tone
- Effects of Contact Sports on Temporomandibular Disorders: An Observational Study
- 咬合支持の維持・回復と全身の平衡機能および転倒防止に関する文献レビュー 2014
- Strength improvements through occlusal splints? The effects of different lower jaw positions on maximal isometric force production and performance in different jumping types

青山通り歯科 院長
2008年に日本歯科大学を卒業後、数々の臨床経験を積み、現在は青山通り歯科の院長として患者様に寄り添う治療を提供しています。最新のデジタル技術を活用し、審美歯科から予防歯科まで幅広い診療を行うことで、多くの患者様の信頼を得ています。
また、ウェディングや建築、アーティストのポートレート撮影を中心とするプロカメラマンとしても活動しています。
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